一代天骄

 1月18日
今日は友人と一緒に三人でフフホト市のウランチャタル(ulaan chaatar)にて、歌舞劇の「一代天骄」を楽しんだ。本劇は回族人の馬監督を元に、モンゴル国の名作曲家のジャンサンノルブ、内モンゴルの作曲家のツァガン、そのほかに内モンゴルの若手ダンサーたちによって作られた劇である。劇自体は迫力のある踊りやパフォーマンスは彩りの舞台を創出するが、何よりもインパクトが強かったのは、劇に使われる音楽だった。南北同胞たちが協力すれば、できのいい作品が作れることに確信を感じた。青年時代のテムジン役に抜擢されたのは、オルドス出身で元オトク前旗ウラーンムチルのダンサーだったフグジルトで、気がつけば、もう舞台の指揮者という肩書きの持ち主まで昇進していた。田舎の歌舞団から地道な努力で中央民族大学への進学を果たし、今日のような輝かしい人生を入手したのだ。無駄のない努力は、彼をスピート昇進させたようだ。
1月19日
 忘年会は日本だけの習慣だと思っている人が多いかもしれない。ここ、内モンゴルでも旧正月前の忘年会が幕開けしたように見えた。政治経済各界の人たちが、団体でレストランに押し寄せる。そんな中、内モンゴルテレビ局のドキュメンタリー制作センターの部員たちが「水木年华」というホテルのレストランに集まり、忘年会を開いた。本部署の海外代理として僕も出席することになり、美味しい酒に踊りやダンスを交える形で最高の忘年会を送ることができた。
1月20日
 三年間使い続けたノートパソコンがもはや絶命状態に陥り、救出作戦に躍りだした末、内モンゴルテレビ局モンゴル語放送局の技術者のガンゾリグに預けておき、救出への協力を要請した。そこで、昨日の夕方電器店で購入したソフトや部品を組み合わせることで、やっと蘇らせた。
 午後、友人のノルボに電話をかけ、共に食事するように誘い、6時半に待ち合わせすることで約束した。最初4人で食事するつもりだったのが、途中で高校の学友のセチンダライ君から電話かかってきて、「これから3人でしゃぶしゃぶするが来ないか」と誘われる。そこで、最終的に3人組みに4人組が合流し、総勢7人で夕食に臨むことになった。浴場を経営するダブシルトが姿を見せたが、とても同じ年ころの人と思えないくらい貫禄のある顔の持ち主になっていた。
 夕食後に、友人のノルボの会社に足を運び、モンゴル曲のCDを焼いてもらう。CDを焼いている間に、彼らの会社の事業内容に詳しく紹介してもらった。不動産会社で、運営資金が2.4億元にも上る。社長が35才のオルドスモンゴル人で、さまざま挫折と苦悶を味わい、倒産を繰り返し、3度目にして成功を手にしたそうだ。自分の小さに嘆きながら、彼の会社を後にした。 
1月21日
 2日間もの時間を費やし、仕事の合間の縫って僕のPCの修理に専念してくれたガンゾリグに感謝の意を込め、夕食へのテーブルへ誘う。彼は非常に物知りで、鋭い観察力を持つ。二人で夜遅くまで喋り、この世の古今到来について、意見交換をする。考え方や見方が一致することで、二人の友情が一気に深まった。テレビ画面のデザイナーという職を持つ彼は、職業上も社交上も人から慕われるような存在だ。
1月22日
 明日から田舎へ帰るため、荷物の整理に徹する。
 
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