卑怯なもの

 近年、内モンゴルのモンゴル人たちは自分の子供を漢族の学校に入学させるケースが後立たない。このままだと、モンゴル民族の存続自体が危ぶまれる。内モンゴル自治区も名目上の自治区になり、モンゴル文化も滅亡されることになるだろう。上層階級のモンゴル人たちでさえ、自分たちの民族に将来性がないという哀れな味方を持ち、自分の子供を何の躊躇もなく漢族の学校へ送る。モンゴル語勉強しても使う道がないとか、モンゴル語で受講しても卒業後に働き場がないとか自分勝手なことぶっ放す人たちは愚かな者と言うしかない。困難に立ちはだかれても、それを対処ともせずに、「便利さ」や目の前の利益を求めて走る彼らは人間としての尊厳というものもない。日本が西欧列強国との差を感じ、遅れていることにいち早く気付き、困難を克服するために、改革を行い、民族の存続へ繋げ道を作った。それはいわゆる明治維新だ。改革を実行したのは福沢諭吉というたった一人の男「脱亜論」を提唱し、ヨーロッパ先進国について学ぶ姿勢を大々的に強調し、日本に発展をもたらした。
 内モンゴルの青年たちは自覚性が欠いているようだ。北海道大学に夫婦揃って、博士課程に在籍中の内モンゴルの方と会い、子供の教育について触れた時に、彼らもまた自分の子供を漢語で教育を受けさせたいという考え方を示した。「なんで自分たちの言葉で教育を受けさせないのか」と聞くと、「時代の流れや潮流についていけないから」とさり気なく答える彼らの姿勢に僕は呆れた。「今後はこうした卑怯なものと付き合うのを止めよう」と自分に言い聞かせる。
 1841年のある日、ジョン万次郎は漁船で漂流されるという目に遭い、アメリカの船に救出され、米国で教育を受けるというチャンスを手にした。十年間滞在することで、彼は日本にアメリカに関する数々の情報を持ち込んだ。そして、和製英語を編み出し、日本語の改革に乗り出した第一人者となった。彼の活躍によって、日本の欧米に対する順応が早くなった。こうした人たちが内モンゴルでも何人か現れてほしい。
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