人生の送り方

 50代の坂を越して、金も家庭も何もかも、いわゆる人生の結晶を手にした親戚がいるが、彼は今後の生き方について、みんなの前で語った。「80歳まで生きれるとしよう。残り30年のうち、最初の10年間は貯蓄活動にさらにじかんかける。次の10年間は映画作りに費やす。最後の10年間は死を考える」という。人生には目標や計画が必要だということは見てわかっての通りだ。しかし、目標を持てと決め台詞のようによく言われるが、ほとんどの人が持っていない。だから、第二次世界大戦中にナチスドイツによって投獄されたユダヤ人たちの中に、老人よりも逞しくて若い人のほうが先に死んでいったことがとある囚人の日記で判明されたのだ。それはやはり、絶対生きてやるという究極に言えば、目標そのものだ。目標があったからこそ、気合が入る。目標が人の精神を奮い起こすのだ。
 僕は人生設計の上手い人を心から敬服する。設計の上手い人は目標や企画を立てるのが得意ということでもある。大学に入る前から、何歳でどういうことをするとか、どういう仕事に就くとか、一番驚いたのは結婚する日にちまで企画の中に書き込まれていることだ。大勢の人たちは、そこそこいい仕事について、結婚して円満な家庭に見舞われるというのを目標にしている。しかし、結婚は幸せの大前提なのに、なぜ「結婚は墓場」と言われるのだろう。確かに結婚すれば、自由が奪われる。今まで自分勝手に生きてきたのが、通用しなくなる。相手に合わせなければならない。そうでもしないと「我がまま」とか、「生意気なやつ」とか好き放題に言われるに違いない。そこから、喧嘩の始まりだ。「喧嘩は別れの元」というふうに家庭崩壊は間近にやってくる。一旦結婚に踏み切れば、逃げたくても逃げられない事情はいくらでも出てくる。離婚すれば、慰謝料や子供の養育費は当然のように請求される。
 責任感のある人は何がなんでも現実を受け入れる傾向が強い。俳優の長門裕之と女優の南田洋子は結婚してから48年の月日が流れた。オシドリ夫婦として有名な二人に悲劇が訪れる。奥さんの洋子はアルツハイマーを患い、夫の長門は付きっ切りの看病生活が強いられる。80歳に近い長門は俳優としての仕事と奥さんへの看病という両立の日常を送らざるを得なかったが、それでも最後までやり抜けた。奥さんの身にも少しずつ快復の兆しが見え始め、言葉も喋れるになった。自分の愛する人にここまで尽せるかといったら、そうたくさんはいない。ほとんどの人が世話に疲れ、途中で諦め、場合によって相手を殺害することだって普通にある。
 愛情には責任感が伴うものだ。だから、自由奔放な人は結婚できない。
広告
カテゴリー: 未分类 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中