またもやオルドスへ

10月11日
 雨の天気は今日も続く。用事で旗入りしていた父から朝方電話が入り、二日前から雨で行く手を阻まれていたものの、昨日遠回りして近所の家まで来たことを知らせられる。それと、フフホトへ行くなら、オルドスまでの車があるぞと言われ、僕はその場で今日実家を離れることを口にする。収穫作業はまだまだ残っているが、今日行かなければ、何日間後にまた雨が降るという。今回帰ってきて、両親の仕事を手伝うことで、両親の仕事ぶりはどれだけ大変かを肌で感じた。朝の6時半に起床し、昼食タイム一時間を除けば、夕方の8時まで透かさず働くのだ。働き蜂と称される日本人以上働いているかもしれない、我が両親!
10月10日
 収穫作業はまだ手いっぱい残っているのに、天気様が雨を降らせてしまった。晴耕雨読というふうに、僕も農作業に没頭するのを止め、午前中、牛の世話を済ませた後、詩本主義を堅持しようとしばらく努めた。
10月9日
 今日は50ムーもあるとうもろこし畑の収穫作業に入った。芯を本体からもぎ取るという単純作業だが、少人数の手だけじゃ気が遠くなるような作業そのもの。今オルドス地方では一日80元の賃金でも、なかなか働き手が見つからないという時代を迎えている。
10月8日
 オルドス地方は遊牧式生活スタイルから定住し、放牧する傍ら農業を営むようなスタイルに移り変わったのは今から50年前のことだ。20世紀の20年代にオルドス地方に馬一万頭も扱うナスンデレゲルという人がいたと書籍に記されている。
10月7日
 留学時代から大好きだったみかちゃんが夢の中に現れた。数年前から連絡を途絶えていたものの、神様が夢を通して、再会させてくれただろうか。メールアドレスまで、鮮明に表示されていたのが何よりも不思議なことだ。
10月6日
今日も決まって6時40分に起き、働き場に向かった。新しい道路建設のために、囲い用の鉄線を全部解き放たれた。それを戻す作業に取り組むこと丸一日、4人がかりでやっと幹を立て、鉄線を引っ張ることまで完成させた。
10月5日
たまに働きっぱなし、しかも重労働に追われるというのはいいかもしれない。中国のチャンイーモウ監督は27歳まで農村部に下放され、そこから大学に進むことで、現在のような世界的な著名な映画監督という立派な肩書きを手に入れてのだから。結局は人生の基本である喜怒哀楽を味わったことのない人は成長できないということだ。労働は人に幸せをもたらすということに悟る。
10月4日
 実家に着いた二日目から、酪農作業に追われる。豆やジャガイモの収穫に取り組む。
10月3日
 今朝の7時5分のオルドス行きのバスに乗り、フフホトを離れる。10時20分にオルドスに着き、オトグ前旗へのバスに乗り継ぐ。入り口のところにバイジャーボー夫婦が乗っているのとばったり出会う。親戚の方も同乗していて、一路喋りまくっていたせいか、あっという間に終点に着く。時刻は17時を過ぎていた。
 
10月2日 
国慶節の間最中の中国、人々は一週間というもの休暇を楽しむ。広場の一角にスクリーンを設置し、昨日から無料で映画を上映していた。経済的に余裕のない、恵まれない人たちにとって、一つの娯楽となり、休暇を過ごす好都合になったに違いない。今日、僕がたまたま広場を横通りした時、上映中のスクリーンを覗いてみたら、日本軍の姿が飛び込んできた。今年中国で大フィーバーとなった作品の「南京、南京!」という映画なのだ。白黒のスクリーンに群集たちが釘付きとなっていた。
 一週間の休み期間にまたもやオルドスへ遠征することになった。明日から約一週間に渡って里帰りする。
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