日本でのオルドス結婚式の披露

『オルドスの婚礼』・・・中国文化フェスティバル開幕式(9月15日)について2009年9月21日 お仕事
以下はある日本人青年がオルドス結婚式の披露会へ寄せた思いの綴りである。
 
以前から熱望していた『オルドスの婚礼』を鑑賞することができました!全席招待席となる貴重なチケットを手配してくれた内モンゴルの皆様に感謝します。
この公演は中国文化フェスティバルという日中文化交流30周年記念イベントで、渋谷のオーチャードホールでの開催です。
私は以前からオルドスに興味がありました。『オルドス』の語源は、モンゴル語で「宮廷」を表す「орд:オルド」。「ордс:オルドス」は「宮廷の人々」と解釈されています。その流れを汲むオルドス民族の「結婚式」はモンゴルに興味を持つ私としては何が何でも見てみたかった。
モンゴル高原の遊牧民(漢人)を統一して最終的にモンゴル民族を確立したのはチンギス・ハン(1162頃-1227年)でしたが、モンゴル民族の一部の集団はチンギス・ハンの死後、生前の宮廷を霊廟として守っていました。このチンギス・ハンの霊廟を守る部族のことを他の民は「オルドス」と呼ぶようになった…神秘的な民族です。
さまざまな諸説がありますがオルドス民族はもともとはユーラシア大陸の西の方の民族だったようです。チンギス・ハンの時代に独特の特殊加工技術を持つ(おそらく武器など金属加工技術と推測)この民族(オルドス民族)をそのままモンゴル国のヘルレン河の北東部(現在のヘンティー県)に移住させました。時代の特性とはいえ、大胆ですね!
チンギスハーンの死後、明の時代には南下し現在の中国内モンゴル自治地区のオルドスに移住していったようです。顔つきを見れば西アジアとを思わせる美男美女ぞろい。
肝心の公演でとりわけ驚いたのはほとんどがモンゴル語での上演だったこと!中国語は開会式の挨拶の中で使われていたのみです。公演内容はすばらしかったです!花嫁を舞台に上げるシーンでは通常より手の込んだ(観客席を回っての)演出でした。しかもしっかりとテメー(らくだ)の形の上に花嫁を乗せて運んでいました。ライオンキングもびっくりです。
中国内での漢人による少数民族迫害が西側諸国で話題となる昨今、今回の『オルドスの婚礼』日本公演では漢人のメンツを刺激し、漢民族のモンゴル民族を尊重する姿勢のアピールの場となり、観るものにとって非常にすばらしい舞台に仕上がったと解釈しています。
…後日、オルドス地方の方とお話する機会がありましたが、今でもオルドスの結婚は3日3晩開催されるとのこと。開催内容は『オルドスの婚礼』と同じでした…
■1日目…
婿の親戚一同が集合し酒宴が開催される。
■2日目…
朝早く婿とその仲間数人は花嫁を迎えに出発。
その間、他の人たちは酒宴を続けているとのこと。
夕方、婿と花嫁と花嫁の親戚(60名くらい)が集まり合同の酒宴が開催される。
■3日目…
酒宴は夕方まで続き、花嫁の親戚一同は帰宅する。
ゲルに残るのは婿と花嫁のみとなる…
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