一色

 朝日を迎えた時から街へ足を運び、業務を執行したのちに、テレビ局の横にある「Gerel eej tsai in muhalag」にて、親戚の兄と共に空腹感を満たした。一時間後に店を出て、彼を駅まで見送る。NHK の太田さんから鶏血石を頼まれたもので、美術館の横にある巴林石専門店に寄るが、あいにく釘に遭う。やむを得ず、Uターンし、新華広場の近くに服屋を営む友人を訪ね、挨拶を交わす。店主は日本留学時代の良き学友で、内モンゴル著名な作家リグデン氏の息子なのだ。十年間の日本滞在を得て、現在日本語学校の教師を務める傍ら、服屋を経営し、子供を出産しプータローとなった奥さんに働き場を提供したわけだ。彼としばらく話しているうちに、彼が現在置かれている境遇についていくらか察知することができた。彼が言うには、今年から日本語学校に申し込む学生数が激減した原因で、学校側が経営難に陥ったそうだ。嘆きながら苦言を呈していたものの、矛先がどこなのか彼も定かではない。恐らく、日本が経済不振にさらされたため、出稼ぎの場として目指す若者がいなくなったとのことの裏返しだろう。ある歴史に幕が下ろされる瞬間そのものだ。
 そこから出て、久々に広場の一角にある「音像本屋」に行き、学者を演じることにした。入ってみると図書は漢文一色になり、モンゴル文コーナーはみすぼらしい狭い一角に寂しく納まれていた。モンゴル文は敗退危機、いや、棄却危機に陥っていることを目の当たりにした一件だ。嘆かわしい!
広告
カテゴリー: 未分类 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中